高級感あるテレビボードは無垢で作る!
テレビボードを無垢材で

ソファーに沈んでいく体と、ソファーから浮かび上がる心

西欧からこの国に入って来たものの中で、私が愛する製品の一つである。座って映画を見る。至福の一瞬である。軽くお酒に酔って、横たわる。至福の一瞬である。製品の感覚と戯れ、自らの体を抱かれる。完全に身を任せたその状態に至福がある。自分自身の体はすでに現を抜け、皮と一体化していると言っても過言ではない。このような製品の中で夢を見る。そういった時間が永遠に続けばいいと思う。そんなことを考えながら、今宵も私はソファーに包まれ、うつつの中に夢を見る。


現代の中に、過去や未来の萌芽を嗅ぎ取る。生活を彩る優れたインテリアであるソファー。色調や肌触りといったものももちろん重視して製品を購入する際には吟味したいものだ。そして、時には愛する誰かと肩を寄せ合い、現生の温もりを思う存分享受してみたいと思う。生きてて良かったと思った夜があった。生きてて良かったと思える朝がこれからもやって来るだろう。「三千世界のカラスを殺し、主と朝寝がしてみたい。おれとお前は陰山蔓。裏は切れても寝は切れぬ」この句は、高杉晋作が辞世の際に歌ったと言われる都々逸であるが、氏がもしも(歴史にイフは決してないのは重々承知の上でこの文章を作成しているが)現代に生き、そこでおうのと一緒にソファーの上で抱き合っている姿を想像すると、なんだか嬉しくなる。楽しくなる。彼の人もこの現代文化で私と同様にこの西欧からやって来た逸品の上に横たわる愉悦をを享受するのだろうかと想像するだけで、とても心が躍る。


沈んでいく体は海の中を遊泳する精神。浮かんでいく心は大気圏を抜け、宇宙を目指して浮遊しようとする精神。その2つを同時に体現できる場所。それこそがソファーの上だ。永遠に愛でよう、永遠に。永遠に歌おう、永遠に。ソファーよ、永遠なれ。星条旗よりも、日章旗よりも、ソファーこそが私にとってのアイデンティティを感じられる日がいつかやってくるかもしれない。そんな夢想を、横たわりながらしてみた。猫が「ニャー」と鳴いている。こいつもこの場所が大好きだと言っている。これからもずっとここで暮らそうな。おれは時折、彼女にそう語る。おれの真意を知ってか知らずか、彼女は「ニャーオ」と鳴く。おれも彼女の真意を知ることができないが、愛情は返したい。「ニャーオ」と鳴いてみる。1人と1匹の体が沈み、1人と1匹の心はどこまでも高く舞っていく。おれたちの心は、ここにあらず。だけれど、ソファーの上で、幸せだ。